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東京地方裁判所 昭和28年(ワ)2911号 判決

原告 株式会社金木商店

被告 国

訴訟代理人 武藤英一 外四名

主文

原告の請求はこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、原告の申立

一、被告は原告に対し金一〇三、四三四、二二六円及びこれに対する内金七六、八六三、七四七円については昭和二八年四月二五日以降、内金二六、五七〇、四七九円については同三一年六月一四日以降、夫々支払済に至るまで各年六分の割合による金員を支払え。

二、右申立が認容せられない場合には予備的に左の通りの裁判を求める。

(1)  被告は原告に対し金八四、一五四、〇八五円及びこれに対する内金四七、三〇五、四七六円については昭和二五年四月一日以降、内金三六、八四八、六〇九円については同二八年四月二五日以降、夫々支払済に至るまで各年六分の割合による金員を支払え。

(2)  被告は鉱工品貿易公団に対し原告に代り原告が同公団に対して負担する二八インチ型自転車部品残代金債務金一九、二八〇、一四一円を支払え。

三、訴訟費用は被告の負担とする。

四、仮執行の宣言を求める。

第二、被告の申立

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

第三、請求原因

一、原告は食料品並に日用品雑賀類の輸出入販売業並にこれに関連する問屋業及び代理業を営む株式会社である。

二、昭和二四年三、四月頃においては、国内向け自転車の生産はその需要に比し極度に不足し、全国購買農業協同組合連合会(以下全購連という)、全国養蚕販売農業協同組合連合会(以下全養連という)等農林省傘下の諸団体は、農漁村向自転車の払底を訴えしきりにこれが特配方を同省に要望していた。農林省はこれが要望に応え報奨用として自転車を特配することは、これ等諸団体構成員の生産意欲を旺盛ならしめる所以であり、その実現を企画したが、当時完成自転車の売捌きは厳重なる統制下にあつたため、幾度か特配計画を立て乍らその計画は実現を見るに至らなかつた。

たまたま、鉱工品貿易公団で輸出向け二八インチ型自転車部分品をストックし、これが滞貨の処理を企画している旨の情報に接し、農林省当局(農林大臣官房物資調整課)はこれを使用して傘下諸団体に特配をしたいと考え、関係部局に連絡し、右公団及び貿易庁につき払下可能性の有無を確かめた上、払下、特配の具体化を図るために、昭和二四年四月二七日山紫グリル(農林省庁舎地階)において農林省当局、貿易庁、右公団、実需団体等関係者が集り協議した。その結果、滞貨部品の組立予想台数は二〇、〇〇〇ないし二五、〇〇〇台であり、自転車組立に不足する部品があること、不足部品中金物部品は一般市場から購入するにしても、タイヤ、チューブは統制品であるから、別に配給割当を申請し、払下を受ける必要があることが明らかとなり、又払下は単に官庁の名前を使つた民需では許可されないこと、払下配給に対しては農林省が責任を持つべきものとされた。

そこで、農林省当局は同年五月一二日貿易庁及び鉱工品貿易公団に対し、同公団保有の輸出向き自転車部分品を一括購入したい旨の払下申請をなし、又同月二七日には通産省及び経済安定本部に対し貿易庁より農林省に対し払下げられる右公団保有の輸出向き自転車部分品に不足しているタイヤ、チューブを配給されたい旨の配給割当申請をなした。

しかるに、農林省当局としては、鉱工品貿易公団からこれら多量の品物の払下を受け、不良部品を一般市場から購入し又これらの部品を組立て完成車とし、或は未組立完成車として傘下諸団体に引渡しこれを売捌く等のことは、これに伴う予算措置もなく、又実際問題として不可能であり、そのため農林省はこれが事務代行を原告会社に委託するに至つた。

三、即ち、昭和二四年六月二四日付をもつて農林省より鉱工品貿易公団に対し同公団保有の輸出向き自転車部品につき農林省需要数量の受入れ荷渡その他必要なる処理については原告会社をして担当せしむることとした旨の通知をなし、同時に原告会社に対し右公団との間の売買契約を締結するよう指示した。よつて原告会社は同年六月二五日公団との間に右自転車部品の売買契約を締結し、同月二七日この旨農林省当局に報告した。

他方農林省当局は、本件自転車特配に関し、同年六月一三日農林省庁舎地階リッツにおいて、農政局、蚕糸局、全購連、全養連等関係部局及び実需団体を集めて割当に関し協議を遂げ、席上原告会社を右公団に対する農林省の荷受代行者とすることも議せられた。又、同年七月五日には買主最寄駅貨車乗渡価格一台七、一〇〇円と決定の上、関係部局及び実需団体の同意を求めた。そうして、第一次配給割当が同年七月七日頃口頭で内部的に指示され、同月一二日頃文書をもつて当局より農政局、蚕糸局、水産庁宛に夫々通知せられると共に荷渡について原告会社をして代行せしめることにした旨連絡され、原告会社に対しても七月一三日付文書でもつて右割当の通知があつた。以後引続いて第二次以降の配給割当が右と同様になされ、原告会社はこの指示に従つて販売をなした。

四、以上の通りにして原告会社は農林省より本件自転車の特配に必要な事務代行の委託を受けたものであるが、この事務代行契約の内容は左の通りである。

(一)  委託された事務の目的

鉱工品貿易公団所有の輸出向き二八インチ自転車部分品の払下を受け、これをもとにして不足部品を一般市場より購入の上完成自転車に仕上げ、これを特配物資として全購連、全養連等農林省傘下諸団体の需要者に入手せしめること。

(二)  委託された事務処理の内容

(1)  鉱工品貿易公団より少くとも二五、〇〇〇台に相当するタイ、チューブその他の金物部品(金物部品は公団の供給する全数量)を公団指示の売買条件で一括払下を受け、引取保管し、これが代金決済を為すべきこと。

(2)  金物部品中二五、〇〇〇台分に不足するものあるときは、受任者の責任に於て一般市場から購入し、これを補填すること。

(3)  二五、〇〇〇台の範囲で完成自転車(組立又は未組立)に仕上げ、農林省の指示あり次第同時にてもその特配割当先に引渡可能の状態にしておくこと。

(4)  農林省の指示ありたるときは、遅滞なくその特配割当先実需者に右完成自転軍を確実且安全に輸送しその受渡しをなすこと。

(5)  右完成自転車の売買価格は買主最寄駅貨車乗渡値段一台当り(未組立)金七、一〇〇円とし、その価格で代金決算を受けること。

(三)  特約条項

(1)  事務代行は有償としその手数料(報酬)は、右完成自転車の売買価格金七、一〇〇円中に約三分を見込まれること。

(2)  事務処理に当つては農林省特配事務代行者たる地位を適当に表示してその事務を処理すること。

(3)  鉱工品貿易公団より払下を受けた金物部品中二五、〇〇〇台分に余剰あるものについては、これを任意処分して差支えなきも、タイヤ、チューブの配給割当先が特定して居る故二五、〇〇〇台分については任意処分又は散逸を厳禁する。

(4)  公団その他から品物の引渡をうけこれを整備し完成自転車として買主に引渡すまでの危険その他売主としての担保責任等一切は受任者においてこれを負担すること。

(5)  その他前記事務の目的達成のための農林省のその都度の指示を厳守すること。

五、右の如き目的内容を有する本件事務代行契約は所謂委任契約(準委任を含む)の範疇に属するものである。即ち、委任は委託を受けて他人のためにその事務を処理することを内容とするところ、本件委託にかかる事務の内容は、帰するところ、農林省の所管に属する完成自転車の特配実施そのものであり、公団からの買入ないし実需者への販売はその目的を達するための手段行為たるに外ならなかつたからである。このことは、当時完成自転車及びタイヤ、チューブの売買は厳重なる統制下にあり、全購連、全養連等農林省傘下諸団体の需要者は農林省の特配という条件によつてのみ本件自転車を入手し得たのであり、又鉄工品貿易公団からの払下も右特配のために農林省へ払下げるということによつて始めて可能であつたことに徴し明らかである。

六、以上の如く、本件事務代行の委任条件は、手数料の割安なるに反し頗る酷しいものであつたが、原告は二五、〇〇〇台の自転車特配は間違いなく実施せられるものとの農林省の予想を信頼したればこそこれを受諾し、直に多大の経費を投入して受任者として為すべき必要な一切の行為を完了し、農林省の配給割当先の指示を待つていた。しかるに、その実務に当つてみると、農林省の予期した如くその傘下諸団体の受入体制は必ずしも整備されていなかつた。従つて農林省の指示に基く前記第一回の特配数量も当初予定した数量の五分の一にも足りない程度のものであつた。のみならず、昭和二四年一〇月に入るや、自転車販売の統制が撤廃され二六インチ型の優秀車が安価に出廻るとの風評が伝えられたため、本件特配の意義が失われ、之が受入機関の不評を買い、農林省の原告に対する割当先及びその特配数量の指示は益々遅々となるに至つた。その中に昭和二五年三月二九日突如として統制解除となり二六インチ型の優秀車が豊富かつ低廉に市場に出廻るに至つた。元来二八インチ型自転車は輸出向のものであり、日本人の乗用には適さず、又部分品の補充がきかないとの見透しから折角の特配物資も益々不評を買い、農林省傘下の諸団体の割当希望者は激減するに至り、甚しきは一度引渡を受ながら、市価より割高なりとの理由で返品を申出る者さえ生ずるに至つた。

当時農林省の指示を受け売捌いた数量は未だ全体の四分の一にも達せず、巨額の貯蔵品を抱き乍らさきゆきの見透しも立たず、農林省当局に指示を求めても適切な指示を受けることはできず、その中に、昭和二五年七、八月頃前記公団はその手持ちの二八インチ型完成自転車一二、〇〇〇台を一台当り四、三〇〇円で訴外某商事会社に払下げるに至つた。

このような事態に立至り、原告の受任した本件自転車特配事務はこれを遂行し得なくなつたのであるが、原告は過去一年有余にわたる期間在庫自転車の倉庫料、保険料、金利、経費等莫大なる支出を余儀なくさせられ、しかも手持品の価格は下落の一途をたどるにかかわらず、農林省はこれに対し何等適当かつ具体的な措置をとらなかつた、のみならず、原告が同省に対し売捌対策につき指示を求めたのに対しても徒に当面を糊途するのみで根本的な解決方法を与えなかつた。その間部品は発錆又は風化により品質は悪化しつつあつたので、原告は止むなくこれ以上の損害の増大を防止するため、手持品をその時々の市価で逐次売却した。

七、以上の通り、原告は農林省より本件代行事務受任以来、委任の本旨に従い、最善の努力をしてその事務を処理して来たのであるが、農林省の当初の計画に狂いがあり、最初予定した通り目的物を売捌くことができず、その中に予期せざる市価の暴落に逢着したる結果、農林省の割当指示なき為統制撤廃時(昭和二五年三月)までに収支差額金四四、七一四、八三八円四四銭、統制撒廃後在庫完成車及び部分品を任意売却するの止むなきに至つた為により収支差額金五八、七一九、三八八円三四銭、合計一〇三、四三四、二二六円七八銭の損害を蒙るに至つた。

右損害は原告が受任者として本件委任事務処理のため自己の過失なくして蒙つた結果であるから、民法第六五〇条第三項により委任者たる被告に賠償義務がある。

よつて、原告は被告に対し、右金一〇三、四三四、二二六円及びこれに対する、内金七六、八六三、七四七円については昭和二八年四月二五日(本件訴状送達の日の翌日)以降、内金二六、五七〇、四七九円については同三一年六月一四日(請求の趣旨拡張の申立をなした口頭弁論期日の翌日)以降、夫々支払済に至るまで商法所定の年六分の割合による金員の支払いを求める。

八、(予備的請求原因)

(1)  原告は本件自転車特配に関する委任事務遂行の為、鉱工品貿易公団より総額

金 一二五、九〇一、四一七円五七銭

の金物部品の払下を受け、昭和二五年三月までに

金 五〇、二一四、四〇〇円

を農林省のため立替支出し、又タイヤ、チューブを含む不足部品総額

金 六八、〇六七、一二三円四〇銭

を外註購入し立替支出した。他方右期間内に農林省の割当指示に基く特配実施分及び原告会社が任意売却した完成自転車金物部品代金

金 一〇四、三九〇、一三二円六六銭

より運賃、保管料、保険料、諸掛営業経費合計

金 三三、四一四、〇八六円〇七銭

を控除した。

金 七〇、九七六、〇四六円五九銭

の収入を得たので、これを以て右立替金合計

金 一一八、二八一、五二三円四〇銭

に内入充当した結果、原告は農林省に対し昭和二五年三月末日現在

金 四七、三〇五、四七六円八一銭

の立替金債権を有するに至つた。

(2)  その後原告は前述のような事情の下に在庫完成軍及び部品の売却に努めたが、僅かに

金 二一、〇三一、三二一円五八銭

に換金し得たばかりで、逆に保管料、保険料、金利、営業経費等合計

金 三九、四一三、八二〇円八五銭

の支出を余儀なくされ、差引

金 一八、三八二、四九九円二七銭

の農林省に対する立替金債権の増額を来した。

(3)  又鉱工品貿易公団に対する払下代金債務残額について値引き方を交渉した結果

金 三七、九四〇、七六六円八七銭

の値引を受け、昭和二八年九月までに内

金 一八、四六六、一〇八円九五銭

を立替支出した結果、公団に対する現在債務額は

金 一九、二八〇、一四一円七五銭

になつている。

(4)  右の次第で結局原告は本件委任事務処理のため総額

金 八四、一五四、〇八五円〇三銭

の費用立替支出した外、現にすでに弁済期の到来している

金 一九、二八〇、一四一円七五銭

の必要債務を負担しているものである。

よつて原告は被告に対し右立替支出した金員については民法第六五〇条第一項に基きこれが支払及び支払日以後である昭和二五年四月一日以降商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払を、又右債務負担額については同条第二項に基き原告に代つて弁済することを求める。

なお、前記(2) の

金 一八、三八二、四九九円

については予備的に民法第六五〇条第三項に基き損害賠償としての支払いを求める。

第四、請求原因事実に対する被告の答弁並びに被告の主張。

一、請求原因第一項記載の事実は知らない。

同第二項記載の事実中、昭和二四年三、四月頃国内向け自転車の生産がその需要に比し極度に不足していた点、鉱工品貿易公団が輸出向け二八インチ型自転車部品の滞貨を保有しており、これを国内転用として払下げる可能性の有無を農林省総務局物資調整課長が同公団に問合せた点、右公団保有の自転車部品には組立に不足する部品のあつたこと、当時タイヤ、チューブは統制品であつたことは認めるが、その余の点は争う。

同第三項記載の事実中、昭和二四年六月二四日付をもつて農林大臣官房長官から前記公団総裁宛に原告主張のような内容記載の文書を発したこと、原告会社が右公団と前記自転軍部品の売買契約をなしたこと(但し、契約成立の日は後記の通り昭和二四年六月一〇日である。)、は認めるが、その余は争う。

同第四、第五項一記載の事実は争う。

同第六項記載の事実中、昭和二五年三月自転車の販売統制が解除されたこと、二八インチ型自転車は日本人の乗用に適せず、その部分品の補充もでき難い見透しであつたことは認めるが、その余の点は争う。

同第七、第八項記載の事実は全部争う。

二、昭和二四年四月当時国内向け自転車の生産は極度に不足しており、その供給は農林水産関係業者の需要を到底満たし得るものでなかつた。一方、当時鉱工品貿易公団が輸出用二八インチ自転車部分品の滞貨を保有し、これを国内に放出処分することを図つていた。そこで、原告は農林省に対し右公団の滞貨自転車を同省傘下の業者が購入できるよう原告のために払下げの途をひらき、その販売を原告にやらせてほしいと申出て来た。農林省においては、二八インチ型自転車が日本人に不向きであり、若干の配給前例で甚だ不評であつたことを知つていたから、原告の申出を拒否していた。ところが、原告自ら全購連等農林省傘下の団体につき調査し、多数の需要があるから、是非原告に右自転車の払下げ、販売をやらせてほしいと熱心に要求し、農林省としても右申出を研究することとなり、請求原因第二項中に記載の山紫グリルにおける関係者の協議となつたわけである。右の会合には原告も出席したのであり、その会合においては、全購連は二八インチ型自転車でも欲しいといつており、公団側は払下は官庁を対象とし、農林省が契約の当事者となつてほしいとの意向であり、農林省としては関係団体が需要する自転車払下につき農林省が契約の当事者となることはできないという意見を持した。右会合における結論として、農林省が払下げを受けることはできないが、農林関係団体が払下げを受け得る方法を検討することとなつた。

そこで、農林省当局としては、関係団体にその需要を照会したところ、相当数の需要がある旨報告されたし、他方原告はこの払下実現に多大の希望を寄せ、売れ残つた場合の措置その他本件から生じる問題は一切原告において責任を負うから、是非原告を指定業者として公団から払下げを受け、農林省関係団体に販売できるようにその取計いをなすよう農林省に懇願した。そこで、農林省は原告と共に公団と交渉した結果、公団は農林省が契約の当事者とならず、原告が契約の当事者となることを了承し、只公団の都合上、農林省に対し農林省関係産業用に払下申請をする旨を証明する公文書を出されたいといわれたので、農林省としてはその趣旨の記載のある公文書を同年五月十二日に提出し、その結果、同年六月十日に鉱工品貿易公団と原告との間に本件自転車部品払下げに関する売買契約の成立を見るに至つたのである。右契約成立後、請求原因第三項冒頭記載の趣旨の文書を農林省は右公団に対し提出したけれども、これも公団の右同様の要請に基き交付したものであり、原告に対する委任状でもなく、原告と農林省間の委任関係を証する文書でない。

三、右のようにして、原告は本件自転車の払下げを受けることができたわけであるが、原告会社は自転車販売等で農林省傘下諸団体に名の知られた業者でもなかつたから、原告から農林省に対し、今後の金融機関との交渉、部分品の引取、保管、需要者に対する販売等について原告会社の信用を増すような文書を出してくれとの要望があり、この求めに応じ、恰も原告が農林省の代行機関であるかのような文書を出したこともあるが、これは農林省の係官がこの販売が順調迅速に行われることを念願し、原告の右要請に同情して出したものであり、配分先や数量についても原告の報告に応じて記入したもので、農林省の指示ある如く見えるのも、全く原告の金融、販売上の信用度を高め、順調に販売させることを願うためのものに外ならない。

農林省側としては、原告の販売につき、元々輸出用自転車が国内用としては不向きであり、かつ、需要者が零細な農家等であることから、価格をできるだけ低廉にするよう要望し、原告や需要者団体と話合つた結果、組立一台を需要者最寄駅貨車乗渡価格七、一〇〇円で販売するよう、販売先は農林水産業者を優先させるよう協定し、この協定の結果を省内関係局、関係団体に通知したことはあるが、これは前記の配慮に基くものであり、その他に、農林省側として原告に対し請求原因第四項記載のような指示をしたこともなく、勿論委任契約をしたこともない。

四、以上述べたように農林省は公団の原告に対する本件自転車の払下げ或は販売について、斡旋したにすぎないもので原告と農林省との間には、委任或はこれに類する契約関係等は全くなかつたものであり、委任関係の存在を前提とする原告の本訴請求は失当である。

仮に、農林省当局と原告との間に何らかの委任契約関係があつたとしても、凡そ、国の事務は法令に根拠がなければならぬし、又その執行に財政上の収入の伴う場合には予算措置を講じる必要があるわけであるが、本件についてはその根拠法令も予算もなかつたし、又国会の承認も得たわけではないから、右契約は有効に成立したものとはなし難い。

又、仮に委任契約が有効に成立し、かつ、原告主張のような損害が発生したとしても、原告は自ら主張する如く、本件自転車の払下、販売についての一切の責任は原告が負担することを約していたものであり、更に、本件自転車販売につき、農林省としては、農林水産関係者に販売する価格については前記の通り協定していたが、それ以外の者に販売することを禁じていたわけでなく、勿論その販売価格を指示したことはなかつたのであるから、原告がその販売につき適宜敏活に行つていたならば、原告主張のような損害を蒙ることを免れ得た筈であり、この点原告に過失があるから、受任者の過失によらない損害とはいいえない。

五、仮に、被告に損害賠償の義務ありとするときは、被告は左記償権による相殺を主張する。

被告は昭和二五年一二月二九日政令第三七三号第一五条の規定により鉱工品貿易公団の原告に対して有する本件自転軍部分品売買残代金五七、二二〇、九〇九円及びこれに対する昭和二六年二月三日以降年六分の割合による遅延損害金二二、九七五、五八六円、並びに同公団が右自転車部分品売買に関し原告の支払うべき取引高税の立替金二五〇、六五八円八二銭の各債権を昭和二七年四月一日同公団より承継し(債権承継の日以後の遅延損害金を除く。)、また右立替金に対する右債権承継の日以降年六分の割合による遅延損害金八二、一六一円の債権を有する。よつて、右各債権合計金三三二、八二〇円を以て、原告の本訴損害賠償債権と相殺を主張する。

第五、証拠関係(略)

理由

一、昭和二四年頃、国内における自転車の供給は少く、到底その需要を満し得ない状態であつたこと、同年初め頃、鉱工品貿易公団(以下便宜「公団」と略称する。)が輸出用の二八インチ型自転車部分品の滞貨を抱えていたこと、原告が公団より右自転車部分品を同年四月(売買契約成立の日については争いがあるが)に買受け、その一部を完成自転車として農林省関係の諸団体に販売したことは、当事者間に争いない事実である。

二、本件における第一の争点は、原告のなした右公団からの自転車部分品の買受けおよびこれを完成自転車として農林省関係の諸団体に販売をした一連の行為は、農林省当局のなすべき事務をその委任に基いてなされたものであると原告が主張するのに対し、被告はそのような委任契約の存在を否認し、右の原告がなした一連の行為は、原告会社自らの業務としてなしたもので農林省当局はその斡旋をしたにすぎないと主張する点にあるから、右原告主張のような委任契約の存否について判断しなければならない。

三、先づ、原告と公団との間に右のような売買契約が成立するに至つた所以を考えてみるに、成立に争いない甲第一号証、同第二一号証の一〇、同号証の二二の一、二、同号証の二六の一、同号証の三七の一同第二一号証の一一(同第二一号証の二六の二、同号証の三七の二)、同第一〇号証の一、(同第二一号証の一九の一、二)、同第一一号証(同第二一号証の二〇の一、二)、同第二一号証の二一の一、二、乙第四号証および証人松下甲子雄の証言により真正に成立したと認められる甲第二号証の一、二、同第一〇号証の二、ならびに証人谷垣専一、同岡田覚夫、同小峰徹、同岡本正治、同氏家敏夫、同松下甲子雄、および原告会社代表者本人各尋問の結果を総合すると次の事実を認めることができる。

即ち、昭和二四年頃公団は輸出用二八インチ型自転車(同完成車および部分品)の滞貨を抱え、将来これを輸出し得る見通しもなかつたから、これらの滞貨を国内において処分しようと計画していたが、当時においてはこれが処分を公団独自の判断ですることはできず、輸出用品を国内に転用するためには占領軍当局の、又、国内転用分を何人に払下げるかは貿易庁或は通商産業省の許可を必要とし、かつ、払下げの対象は、いわゆる官需優先の名の下に、官庁或は官庁関係の団体を優先させる方針がとられていた。

一方、当時国内における自転車の生産販売は統制下にあり、その供給は極度に不足しており、農林省関係の団体である全国購買農業協同組合連合会、全国養蚕農業協同組合連合会等から、同省に対し自転車配給の枠を増して欲しいとの要望が強かつたけれども、容易にその希望を満たし得ない状態であつた。

この間にあつて、公団に輸出用自転車の滞貨のあることを察知した原告は、当時新たな事業活動をしようとしていた矢先、右自転車の払下げおよび販売に関係する仕事をしようと計画し、右払下げの対象が官庁であるところから、原告会社代表者或は社員は、農林省の係官に対し同省において公団から自転車の払下げを受け、これをその関係諸団体に配給するようにし、その払下げ、配給に関する実務を原告会社にさせて欲しい旨申入れた。同省当局としてはこの申入れに対し当初はあまり乗気でなかつたが、前記のように関係団体からの要望もあるところから、できるならば右公団保有の自転車を関係団体に特配できる途を講じようと考えるようになつた。

そこで、公団と農林省と原告との間でこれが払下げおよび販売の方法について話合つたが、公団としては前記の通り、払下げがいわゆる官需優先の方針がとられている点、或は代金回収の確実性という点等からして直接農林省が払下げの対象となることを主張し、農林省としては、官制上、予算上関係団体に対する払下げについて同省が直接払下げを受けることはできないと主張し、その主張が対立したけれども、結局前記三者で話合つた結果、払下げ品は農林省関係団体で需要するもの故、その旨の払下申請を農林省から公団或は貿易庁宛に出すことにして払下げをなす形式を整えた上、実際の払下げは、原告会社が農林省の監督の下に払下げ品を同省関係団体に限り販売するという了解の下に、原告会社に対し払下げをすることとした。

そうして、昭和二四年五月一二日付にて農林省総務局長名で貿易庁輸出局長および公団総裁宛に右自転車部分品を農林省関係に払下げて欲しい旨の払下申請書(甲第一一号証、同第二一号証の二〇の一、二)および同年同月二七日付にて前同名で通商雑貨局長、経済安定本部生活物資局長宛に右払下自転車用タイヤ・チューブ割当申請書(甲第二一号証の二一の一、二)が出され、更に、同月二四日付にて農林大臣官房長名で公団総裁宛に農林省関係払下げ品の受入れ荷渡しその他必要な処理については原告会社をして担当させることにした旨の記載ある文書(甲第一号証、同第二一号証の一〇、同号証の二二の二、同号証の三七の一)を出すことにより、翌二五日冒頭認定の公団と原告との間に本件自転車部分品約二五、〇〇〇台分の売買契約がなされ、原告会社はこれが払下げを受けるようになつた。

四、次に右自転車部分品売買契約後の引渡および農林省関係団体等に対する販売-配給の実情について考えてみる。成立に争いない甲第三号証(同第二一号証の三四の一、同号証の三九)、同第五号証(同第二一号証の九、同号証の二四の一、二)、同第六号証の一ないし三(同第二一号証の六の一、二、同号証の三四の二ないし四)、同第七号証(同第二一号証の四、同号証の二七の二)、同第八号証(同第二一号証の五、同号証の三〇の六)、同第二一号証の一二、一三、一五ないし一七、同号証の二三の一、二、同号証の二五、同号証の二六の一、同号証の二七の一、同号証の三〇の一ないし四、同号証の三一の一ないし一一同号証の三五、三六、ならびに前掲各証人および本人各尋問の結果を総合すると、次の事実を認めることができる。

前認定の如くして本件自転車部分品を買受けた原告会社は約旨に従つて、代金引換に公団から部分品の引渡しを受け、完成自転車とするに不足する部品は一般市場から買入れ、未組立の完成自転車とした。これが販売については、販売価格は農林省当局、原告会社及び公団が話合つた結果、未組立完成自転車の買主最寄駅貨車乗渡一台当り金七、一〇〇円とし、販売先については、本件自転車払下げが前認定の通り農林省関係団体に販売するという趣旨のものであつたし、又、原告会社は、当時、完成自転車は輸出用、国内用を問わず総て配給統制品であると考えていたところから、農林省当局から指示される通り、その指定された相手にのみ販売し、その他の者には一切販売せず、一方農林省当局もそのように指示していた。

このようにして、昭和二四年七月初旬頃から出荷し、同年八月頃まではほゞ順調に進んだけれども、その後は、二八インチ型自転車が国内には不向きであつたこと、払下部品中租悪なものがあつたこと、自転車販売の統制が撤廃されるとの風評が立ちはじめた等の悪条件が重り、同年十月頃には本件自転車に対する需要が激減するに至り、原告会社としても、積極的に農林省関係団体中に需要先を探すべく努力したけれども、予期したように引取手がなく、農林省当局としても適切にその販売先を指示することができなかつた。そこで、同年暮頃から農林省としても同省関係の者ならば当局の指示がなくても原告の判断のみで販売し、事後に報告してもよいというように方針を変えたけれども、払下げ品をさばき切れず、翌二五年三月に一切の自転軍販売統制の撤廃と共に、二八インチ型自転車は全く売れなくなり、原告会社は多大の滞貨を抱えるに至つた。

五、原告が本件自転車部分品の払下げを受け、これを農林省関係の団体等に販売していつた経緯の大要は、右に認定した通りであつて、原告の右行為につき農林省当局が公団、貿易庁或は通商産業省当局に対し、払下申請をなし、又その販売については販売価格、販売先等につき農林省当局による規制が行われたけれども、原告の右行為は原告の計算、負担においてなされたものであることは前記各証拠によつて認められるので、これらの点から本件自転車の販売-配給を農林省がその責任において国の事務としてなしたものと言うことはできないものと考える。又、本件自転車の払下げ及び販売が、当時施行されていた臨時物資需給調整法等物資配給に関する法令ならびに通達による配給物資の配給手続に準じて行われたものであることは前掲各証拠によりこれを認め得るのであつて、このような物資配給手続においては、一般に、主務官庁のなす配給割当(本件においては、通商産業省、貿易庁がなした公団所有の自転車部分品の農林省に対する割当、農林省がなした最終需要先に対する割合)と、その割当に従つて登録業者(本件では原告会社)のなす仕入れ販売等の行為とは一応別個のものであり、登録業者が主務官庁の委任によつてその配給の実務を代つて行うというような関係にあるものと解することはできない。従つて、原告会社のなした本件部分品の買受け販売につき農林省当局による規制がなされたとはいえ、これを以て直ちに原告が農林省からその事務遂行の委任を受けたものということも適当でない。

まして甲第一号証(同第二一号証の一〇、同号証の二二の一、二、同号証の二六の一、同号証の三七の一)、同第五号証(同第二一号証の七、同号証の二四の一、二)等に原告会社をして本件自転車に関する必要なる処理に当らしめるという趣旨の文言の記載があるからといつて、前認定のような事実関係にある本件においては、直ちに原告と農林省との間に本件自転車の払下げ、販売に関し、委任受任の関係にあつたということはできない。その他口頭弁論に提出された全証拠によるも、原告主張のような委任関係の存在を認めることはできない。

六、これを要するに、原告が本件自転車部分品を公団から払下げを受け、完成自転車として農林省関係の諸団体に販売した一連の行為は、農林省として関係諸団体に業務用として自転車を配給することが政策上好ましいものであつたところからその払下げにつき農林当局が原告と協力してその実現をはかり販売についても売先の指示、必要部品の入手につき特配の手続を取る等何かと関与したものであるけれども右農林省当局の関与は行政上の監督或は事実上の規制とでもいうべきものと解すべきであつて、原告と農林省当局との間は統制経済の体系下において原告のなす経済活動に主務官庁たる農林省が農業政策上右事業を適切なものと考えてその援助指導をなしたものと見るのが妥当で原告主張のような農林省がその事務の遂行を原告に委任する旨の契約或はこれに準ずるような契約関係は存在しなかつたものというべきである。

右のような両者の関係にあるとき行政官庁が原告の事業の遂行に対して補償をなすことを適当とするとの議論の余地はあり、その趣旨の契約ないし話合がなされることは考えられるけれども本件では原告はその趣旨の主張立証は全然なしておらない。

従つて、農林省当局が販売先又は販売方法について適切な指示を与えなかつたことが、本件自転車の滞貨を生じる一因となつたことは証人松下甲子雄、原告会社代表者本人の各供述によりこれを認めることができ、この点農林省において、適当な措置をとらなかつたため原告に損害を与えたという非難は当り農林省当局に政治的責任の問題を生ずることは考えられるかもしれないけれども、原告と農林省(国)との間の関係が前記のような関係であり、その間には原告主張のような委任関係は認められないのであるから、その委任関係の存在を前提とする原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、総て失当なものという外ない。

よつて原告の請求はこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し、主文の通り判決する。

(裁判官 石田哲一 地京武人 石井玄)

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